最高裁判所第一小法廷 平成元年(行ツ)82号 判決 1991年9月26日
富山県高岡市内免四丁目六番三三号
上告人
株式会社サン美術工芸
右代表者代表取締役
金森与四治
右訴訟代理人弁護士
木田秀直
富山県高岡市辻四一〇番地
被上告人
オリジン工業株式会社
右代表者代表取締役
本間隆三
右訴訟代理人弁護士
作井康人
同弁理士
恒田勇
右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第二五〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年四月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木田秀直、同森正澄の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)
(平成元年(行ツ)第八二号 上告人 株式会社サン美術工芸)
上告代理人木田秀直の上告理由
一 原判決には、判決理由に経験則に違背する理由齟齬があり、意匠法第一〇条の二第一項の適用を誤まり、原判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
1 原判決は意匠法第一〇条の二第一項の「二以上の意匠が包含されている場合」とは、具体的には、願書に記載された意匠に係る物品に二以上の物品が指定されている場合及び添付図面に記載された意匠が二以上の意匠を構成する場合のいずれか又はその双方に該当する場合を指すものと解されるところ、件外原出願の願書には、意匠に係る物品を前示のとおり「額縁」と指定して記載されており、また、添付図面に記載された意匠は別紙二(2)のとおりの構成態様のもので、これによれば、物品的にも一個の「額縁」が記載されているのみであるとし、「二以上の意匠が包含されている場合」に該当しないと判断している.
しかし、原判決も別紙二(2)が「額縁」という一つの物品の意匠であり、別紙二(1)が「額縁用枠材」という一つの物品の意匠であることを認めている.
ところで、別紙二(1)の意匠と別紙二(2)の意匠を単純に眺めてみると、別紙二(1)では枠材の意匠をA-A断面図、正面図、B-B断面図として表現しているが、別紙二(2)では、まったく同じ意匠をA-A断面図、B-B端面図として表現している.また、枠材の組み合わせである額縁を別紙二(2)で正面図として表現しており、それとまったく同じ意匠を別紙二(1)では使用状態を示す参考図として表現している.
これからも明らかな様に、別紙二(1)の意匠と別紙二(2)の意匠とは、まつたく同じ意匠を、一方は「額縁」という全体の形に主眼をおいて表現し、一方は「額縁用枠材」という組立前の各部品に主眼をおいて表現しているものである(ちなみに、別紙二(2)の「額縁」の意匠は、別紙二(1)の「額縁用枠材」の四辺の組み合わせのみで完成しており、外に部品は使用していない.).
原判決が、判断の前提として、別紙二(2)が「額縁」という一つの物品の意匠であり、別紙二(1)が「額縁用枠材」という違う物品の意匠であると認定するのであれば、別紙二(2)には、「額縁」という物品と「額縁用枠材」という物品との二つの意匠が包含されていると判断するのが社会常識であり、その様に判断しないと経験則に反するはずである.
2 原判決には、物品の同一性に関する判断についての理由にも、誤りがある.
原判決の判断は、別紙二(2)の添付図面に記載された意匠は物品的にも一個の「額縁」が記載されているのみで、「額縁用枠材」が記載されていないという判断が前提となっているが、これは意匠に係る物品の概念を誤ったものである.
物品の同一性の判断は、各物品の名称や形にとらわれることなく、その物品の具体的な使用方法や在り方によってすべきである。
別紙二(2)の「額縁」は、別紙二(1)の「額縁用枠材」の四辺の組み合わせのみで完成しており、「額縁」の意匠は「額縁用枠材」の意匠のみに係っていると言っても過言ではない.(ちなみに別紙二(2)の添付図面に記載された意匠には「額縁」の縦横の長さの比率も入ってはおらず、結局は「額縁用枠材」の四辺からなる意匠があるのみである.本来なら、「額縁用枠材」で意匠出願すべき場合であったと考えられ、意匠に係る物品の項の補正をすれば良かった事例であるとも考えられる.完成品から部品への物品名の変更は原則的には要旨の変更にあたるが、本件の場合は意匠的見地からすれば同じ図面になるのであるから要旨の変更にはならない.-高田忠著「意匠」四四六頁(C)-)
そうであれば、別紙二(2)の添付図面には「額縁」の外に「額縁用枠材」も記載されていると判断するのが自然である.
原判決は、取消事由(2)についての判断のなかで、「(額縁用枠材の)両意匠に係る物品が額縁用の枠材であることにかんがみれば、これは最終的には額縁として組立て使用されるものであるから」として、意匠の類似性に関する判断をしている.原判決がこの様に考えるのであれば、「額縁用枠材」の意匠の判断が「額縁」の意匠とは離されないものであることを認めているのであるから、別紙二(2)の添付図面には「額縁」の外に「額縁用枠材」の記載がないとの判断はあまりに場当たり的であり、判決理由全体としては齟齬があると考える.
3 添付図面に記載された意匠は別紙二(2)のとおりの構成態様のもので、これによれば、物品的にも一個の「額縁」が記載されているのみであるとの原判決の判断は、原判決理由中のその他の認定事実から導かれる経験則に基づく判断に反する判断であり明らかに判決理由に齟齬が有る.
二 原判決の本件意匠と件外本意匠とは非類似の意匠とするに足りないとの原判決の判断には、理由不備及び経験則に違背する違法が有る.
1 原判決は、意匠の類似・非類似を判断するに際し、判断の基準となる事実を証拠からなんら認定しないで判断をしている.
本件意匠及び件外本意匠は、額縁の枠材である.原審決の事実認定の中にも原判決の事実認定の中にも、額縁の枠材がどの様な物品であるのか、実施が行われている取引の実際はどうか、という事実が認定されていない.原判決の理由中に「(額縁用枠材の)両意匠に係る物品が額縁用の枠材であることにかんがみれば、これは最終的には額縁として組立て使用されるものであるから」という判断の基準の一つを示しているのみである.そして、原判決の判断者である裁判官の個人的な「額縁」の取引はこの様なものであろうという概念に基づき、事実認定がされているものと思われる.しかしながら、額縁用枠材の実施が行われている取引の実際は、額縁製造販売業者でないと判らないものがあり、専門的な分野でもある.額縁の枠材がどの様な物品であるのか、実施が行われている取引の実際はどうかは、類似・非類似の判断の主体をどの様に見るかにかわる重要な事実である(事実審で証拠が提出されていないので現段階での主張は意味がないので取引の実際についての主張はしないが).原判決が、当事者からの主張立証がないからと言って、取引の実際に関する事実認定をしないで、本件意匠と件外本意匠とは非類似の意匠とするに足りないと判断しているのは判決理由に不備がある.
2 原判決の本件意匠と件外本意匠とは非類似の意匠とするに足りないとの判断は、経験則に反する違法が有る.
本件意匠と件外意匠は額縁用枠材であり、宿命的に有しなければならない基本的な構造が有る.原判決別紙一(1)の正面図で説明すると、開口部を有する異形管体であること(これは最も基本的な構造である。開口部の空間の幅の管体に占める割合も額縁の構造上はある程度一定の幅に限られること-これは額縁を使用する場合に開口部に挟むガラス、絵画、厚紙等の厚さによる制限である.)、右側の傾斜面の先端をわずかの長さで「外方にほぼ水平に折曲」した部分を有すること(これは額縁の開口部に挟むガラス面を保持するに必要な部分である.)、「下端部の折曲した水平部」と「その先端をわずかの長さで上方に折曲した」部分を有すること(これも額縁が内容物のホルダーであることから当然である.)である.「下端部の折曲した水平部」と「その先端をわずかの長さで上方に折曲した」部分については額縁用枠材であることを考えれば、看者の目にとまらないので意匠の類似を判断するには重要でない部分である.そうであれば、額縁用枠材の意匠は、ある程度一定の割合の幅の開口部を有する異形管体で、右側の傾斜面の先端をわずかの長さで「外方にほぼ水平に折曲」した部分から左側の傾斜面で「水平に折曲した下端部」の左側先端部分までを結んだ線によって決まるものである.これはかなり限られた部分の線の形で意匠が決められるといえる.これだけの限られた範囲の中での線の形の違いを問題にするのに、その意匠の中でかなりの長い線を有している左側傾斜面が、内反りか、外反りかは、特に看者の目を引きつける程度のものではないとの判断は乱暴な判断であり、経験則に反すると言わねばならない.特に、本件意匠の実施品はアルミ合金で作成されるもので(意匠登録されている額縁用枠材はすべてアルミ合金かプラスチック等の合成樹脂で作成されるもので、そのほとんどがアルミ合金で作成されている.)、微妙な曲線が微妙に光を反射して、その曲線の違いが看者の目を引きつけること明らかである.(意匠においては材質は関係ないといえるが、類似の判断をする場合には、実施品が一般的にはどの様なものか、本件意匠物件の実施品がどの様なものかは重要な判断基準となるとするのがこれまでの裁判例である.)
よって、原判決の本件意匠と件外本意匠とは非類似の意匠とするに足りないとの判断は、経験則に反する違法が有る.
三 原判決には、上告人の主張に対する判断が遺脱しており、理由不備の違法がある.
原審において、原告は次の通りの主張をしているのにかかわらず、原判決は何等の判断も示していない.
意願昭六〇-一五三二〇号は、本件審決の審決日よりかなり前の昭和六二年一二月九日に、出願日を昭和五六年一〇月一二日とする意匠登録第七二九二二五号として設定の登録がなされ、同六三年四月九日には、同登録意匠の意匠公報も発行されていた.特許庁は、原告の分割意匠出願を認め、その旨登録しているのであるから、法律の原則は原告の意匠登録の効果は昭和五六年一〇月一二日に遡るはずである.にもかかわらず、この意匠登録の効力効果について何等の判断を示さず(分割出願の登録意匠の効果を争う審判手続は行われていない.)、単に適法な分割でないから、出願日はその現実の出願日である昭和六〇年四月一五日であると認められとのみ判断しているのは、原告の主張に判断を示したことにならず理由不備の違法がある.
四 以上の如く、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背及び経験則に違背する理由齟齬・理由不備がある.
以上
(平成元年(行ツ)第八二号 上告人 株式会社サン美術工芸)
上告代理人森正澄の上告理由
第一 原判決には、行政行為の公定力を看過した違法がある。
原判決は、上告人が、件外分割出願は本件特許庁審決の審決日前に適法な分割出願に係る意匠として設定の登録を受け、かつ、同登録意匠の意匠公報も発行されていた旨を主張立証したのに対し、件外分割出願は適法な分割出願と認めることはできないとした上で、次のように判示してこれを斥けた。
「そうであれば、件外分割出願の出願日はその現実の出願日である昭和六〇年四月一五日であると認められ、これが前記本件意匠の意匠登録出願日より後れるものであることは明らかであるから、件外分割出願は本件意匠の意匠登録出願より後願に係り、したがって、件外分割出願に係る意匠と本件意匠の類否判断をするまでもなく、本件意匠の意匠登録は意匠法九条一項に違反しないとした審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由(1)は理由がない(原判決第一五丁表第三行ないし同第一一行)。」
件外分割出願に係る意匠権は、設定登録を条件とする査定という形式的法律行為たる行政法上の特許により発生し、とりわけ、出願日の遡及効を付与された点に意義を有するところの行政処分に基く権利である。この行政処分は、もとの出願の出願日を審査の基準日とするものであり、出願日の遡及効は処分の本質的内容を形成するものである。
従って、原審裁判所は、件外分割出願に係る意匠権について、仮に右の行政行為が違法であっても、原則的に適法なものとして、すなわちその出願日がもとの出願の出願日に遡及するものとして、尊重しなければならない筈のものであった。
この点について、最高裁判所第三小法廷昭和二六年(オ)第八九八号昭和三〇年一二月二六日判決は、「行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべき」旨を判示している。
(なお、事情として申し述べると、上告人は、本件について問題となった件外分割出願に対し、被上告人より登録無効審判請求(昭和六三年審判第一二七六二号)がなされている旨、及び、この無効審判は本件に先だち決せられるべき先決問題であるから、件外分割出願の適法性が右無効審判において判断された後、これを以て本件が審理されるべき旨を申し立てたところ、原審裁判所はこれを却下した。)
しかるに、原判決は、件外分割出願に対する登録査定処分が、当然無効と同視しうるような重大かつ明白な違法性を有していないにも拘らず、これを看過し、件外分割出願に係る意匠権の公定力を無視するものであって、最高裁判所判例に違反し、到底是認することができない違法のものである。
よって、原判決は、破棄せらるべきである。
第二 原判決には、意匠法第一〇条の二の規定の解釈適用を誤った違法がある。
原判決は、上告人が、件外分割出願は適法な分割出願に係るものである旨主張したのに対し、次のように判示してこれを斥けた。
「そこで、件外分割出願の適法性について判断する。
(1) 意匠法一〇条の二第一項の規定は、一つの意匠登録出願に二以上の意匠が包含される場合、その意匠登録出願の一部を一又は二以上の新たな意匠登録出願とすることができる旨定めているが、右の「二以上の意匠が包含される場合」とは、具体的には、願書に記載された意匠に係る物品に二以上の物品が指定されている場合及び添付図面に記載された意匠が二以上の意匠を構成する場合のいずれか又はその双方に該当する場合を指すものと解されるところ、件外原出願についてみるに、前記争いのない事実及び成立に争いのない甲第一二号証の一、二によれば、同出願の願書には、意匠に係る物品を前示のとおり「額縁」と指定して記載されており、これは、通商産業省令にいう物品の区分に従った一つの物品に係るものであるし(意匠法施行規則五条別表第一の十「屋内または屋外の装置品」のうち物品の区分「額縁」)、また、添付図面に記載された意匠は別紙二(2)のとおりの構成態様のもので、これによれば、物品的にも一個の「額縁」が記載されているのみであり、また意匠としても一つの「額縁」の意匠が記載されているのみであって、それ以外の意匠を含むものでないことは明らかであるから、右規定にいう一つの意匠登録出願に二以上の意匠が包含される場合には該当せず、したがって、右規定に基づき、これを更に分割して新たな意匠登録出願とすることはできないものというべきである。
(2) この点に関し、原告は、件外原出願には枠材四個と額縁一個の合計五意匠が包合されており、件外分割出願は、そのうち枠材一個を一意匠として新たに意匠登録出願したものであるから適法な分割出願である旨主張するが、件外原出願の願書の添付図面には、物品的にも一個の「額縁」が記載されているにすぎないことは前示のとおりであり、物理的には、これを四個の枠材に分解することも不可能ではないとしても、意匠登録出願に係る意匠の把握は、願書において指定された「意匠に係る物品」との関係でなされるべきものであり、件外原出願においては、意匠に係る物品を「額縁」として指定したものであり、また、添付図面にはこれに対応する一個の「額縁」が記載されているにすぎない以上、「額縁」として一つの意匠が認められるにすぎないというほかなく、原告主張のように、これを「額縁」と「枠材」に分解して複数の意匠が包含されているものと認めることは到底できないから、件外原出願に複数の意匠が包含されていることを前提とする原告の右主張は採用の限りでない。
(3) そうすると、件外分割出願は、一つの意匠のみからなる件外原出願を分割するものであって、適法な分割出願と認めることはできない(原判決第一二丁裏第一〇行ないし第一五丁表第二行)。」
右判示中、(1)において「右の「二以上の意匠が包含される場合」とは、具体的には、願書に記載された意匠に係る物品に二以上の物品が指定されている場合及び添付図面に記載された意匠が二以上の意匠を構成する場合のいずれか又はその双方に該当する場合を指すものと解される」とした点は妥当であるが、(2)で「意匠登録出願に係る意匠の把握は、願書において指定された「意匠に係る物品」との関係でなされるべきものであり、件外原出願においては、意匠に係る物品を「額縁」として指定したものであり、また、添付図面にはこれに対応する一個の「額縁」が記載されているにすぎない以上、「額縁」として一つの意匠が認められるにすぎないというほかない」とした点は、明白な法律の誤解である。すなわち、
一 原判決が定義する「二以上の意匠が包含される場合」には、「添付図面に記載された意匠が二以上の意匠を構成する場合」のみに該当する場合も含むものであるところ、原判決は、件外原出願に係る意匠の把握を、願書において指定された「意匠に係る物品」との関係でなされるべきものであると述べ、件外原出願には一つの額縁の意匠が記載されているのみと結論した。しかしながら、原判決の前記定義からすれば、件外原出願の意匠に係る物品たる「額縁」から離れて、件外原出願の添付図面自体に着目し、これに他の意匠が含まれているか否かの判断をすべきであったのに、原判決はこれを遺脱したものである。
二 そもそも意匠法第一〇条の二の規定において、二以上の意匠を包含する意匠登録出願にあたるか否かについては、当該意匠登録出願の「意匠に係る物品」との関係でなされるべきものか、これに拘束されることなく添付図面の記載内容全体から把握されるものをも含めて決すべきものかについては、右の規定からは明らかでない。しかし、意匠制度が、特許制度及び実用新案制度と同様に、産業政策上の見地から、自己の創作した頭脳的所産たる意匠を、意匠登録出願を以て公開する報償として、第三者との間の利害の適正な調和を図りながら意匠を一定期間保護しようとするにあること、また、分割出願制度の趣旨が、一意匠一出願主義の下において、一出願につき複数意匠を公開した出願人に対し、右意匠登録出願を分割することを認めて出願日の遡及効を付与する点にあることから、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる意匠は、もとの出願の「意匠に係る物品」との関係に拘束されることなく、その要旨とする物品の外観及びその構成が、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されていればよいのである。
三 意匠制度においては、一意匠として登録出願されたものであっても、これを各構成物品に分割することを基本的に認めているのである。
その一が意匠法第一一条第一項に規定する意匠登録出願の分割である。これは、組物の意匠においてその構成物品の意匠についての分割に関するものであるところ、もとの出願に係る意匠と、分割出願の意匠とは、いうまでもなく全く別のものである。すなわち右の場合において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる意匠は、もとの出願の「意匠に係る物品」との関係に拘束されないのである。いいかえると、新たな出願の意匠は、もとの出願に事実上存していても、もとの出願における権利付与の対象たる意匠とは峻別され、法的には潜在化しているものであり、そして、これが分割出願によって、権利付与の対象たる意匠に顕在化することになるのである。
それでは、もとの出願が組物の意匠に係るものの場合、無条件に各構成物品毎の分割が認められるかといえば、そうとも限らない。分割出願に係る意匠が、もとの出願の図面上、十全に表れていない場合は、意匠を公開したことにならないから、保護されえないことは明らかである。意匠法第一一条の分割も、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が、分割に係る意匠を正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度にもとの出願に記載されていることを要するのである。
このように、意匠法第一一条の分割は、これが組物についてのものであるとしても、実体的には、もとの出願に、分割出願に係る構成物品の意匠が存在しているからこそ分割が容認されうるのであり、これは要するに、一方でもとの出願の「意匠に係る物品」とは別の構成物品についての、他方で創作されたとする物品の、意匠を保護することにほかならないのである。
意匠制度における出願の分割は、先に述べた意匠法第一〇条の二、並びに右の意匠法第一一条の両者とも、もとの出願の「意匠に係る物品」との関係に拘束されることはないのであって、しかして新たな出願に係る意匠は、その要旨とする物品の外観及びその構成が、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施できる程度に記載されていることを以て足りるとすべきなのである。
四 見方をかえると、意匠登録出願は、いうまでもなく願書と添付図面によりなされ、これには創作に係る意匠(創作目的物)の主張と、自己への権利付与の申立の双方を併有するものであるところ、前者すなわち創作に係る意匠の主張は、客観的な事実の主張であり、後者すなわち権利付与の申立は、出願人の主観的な法的主張であるということができる。そして、一の意匠登録出願に基き意匠法第一〇条の二の規定の分割出願がなされると、これがもとの出願の創作された意匠を「分割出願」として承継する限り、客観的な事実の主張の面ではもとの出願を援用することができることとなるが、当該分割出願は法形式的にはもとの出願とは別個の新たな出願であるから、その権利付与の申立はもとの出願とは別個独立のものとして個別に扱われるものとなるのである。
従って、もとの出願それ自体については、当該意匠登録出願の「意匠に係る物品」との関係において出願意匠の把握がなされえても、分割出願がなされた場合は、もとの出願の「意匠」から離れて、すなわちもとの出願の主観的な法的主張に拘束されることなく、あくまでも、もとの出願で主張された創作事実に対し、分割出願で新たになされた申立が容認されうるか否かが問われるべきものなのである。それ故、分割出願がなされた場合の意匠法第一〇条の二の規定の適用において、もとの出願が二以上の意匠を包含する意匠登録出願にあたるか否かについては、もとの出願の「意匠に係る物品」との関係でなされるべき必然性はなく、もとの出願の願書及び添付図面の記載内容全体から把握されるものを以て決すべきなのである。
これを換言すると、分割出願においては、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が、もとの出願の願書及び添付図面の全体を参酌して、創作されたとする事実から新たな申立に係る意匠(意匠法第二条第一項)を正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に把握可能か否かが審理されるべきなのである。しかして、これが認められる場合は、一方において分割出願は適法であることは勿論、他方で、もとの出願に事実上存していても法的には潜在していた意匠が、右の分割出願により、意匠法上保護されうべき一つの意匠として、顕在化することになるのである。
五 これはひとり意匠登録出願のみならず、特許出願及び実用新案登録出願の場合も同様であって、これらの出願には、創作の目的物(創作事実)の主張と、これに基き自己へ特許又は実用新案登録をなすべしとする申立の二つが含まれているのである。
近時、最高裁判所は、もとの出願の出願公告決定後の分割出願に関し、「もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術的分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細なる説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであっても差し支えない、と解するのが相当である。」と判示(昭和五三年行ツ第一〇一号昭和五五年一二月一八日判決第一小法廷、昭和五三年行ツ第一四〇号昭和五六年三月一三日判決第二小法廷)し、もとの出願における権利付与の申立が特許請求の範囲に記載されたものであるにも拘らず、分割出願における権利付与の申立は、これに拘束されないこと、換言すれば、分割出願の権利付与申立の対象は、もとの出願において主張された創作目的物そのものに存することを示しているのである。
右の点については、意匠法第一〇条の二の規定の沿革、すなわち、昭和三四年法律第一二五号による意匠法第一五条において、昭和四五年法律第九一条による改正前の特許法第四四条の規定を準用していたのに対し、同改正特許法により特許について分割の時期に制限が加えられたことに伴い、改正前の特許法第四四条と同趣旨の改正意匠法第一〇条の二の規定が新設された経緯に照らしてみれば、右の最高裁判所の判決理由は、本件の場合により一層妥当すべきことが導かれるのであり、その判例の態度は、本件に適用されて然るべきなのである。
六 因に、創作目的物の同一性が保たれていることを要件として、出願変更すなわち権利付与申立の変更を認めている(意匠法第一三条、特許法第四六条、実用新案注第八条)のは、これら三者において、出願は、創作目的物の主張と権利付与の申立とが併存しつつも峻別されていること、及び、変更出願はもとの出願の創作目的物を対象とし、もとの出願の権利付与の申立とは無関係であることを意味しているのである。
このように、出願分割制度並びに出願変更制度を統一的に理解することが、所謂知的所有権制度において法的安定性を担保することになるのであり、ひとり出願分割制度を別異に取り扱うことは誤りなのである。
七、原判決は、意匠法上の規定を看過し、その結果、件外原出願の添付図面における「額縁用枠材」意匠の把握を懈怠したものである。
意匠法施行規則第二条第一項によれば、願書に添付すべき図面は、様式第五により作成しなければならないとされ、更にこの様式第五は、立体を表す図面は、正投象図により各図同一縮尺で作成した正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図及び底面図をもって一組とすべき旨を規定している(備考八)。各図面は、それぞれ他の図面と整合しなければならず、しかも、図面上の大きさや長さが異なれば意匠の構成は必然的に別異のものとなるのである。
このような意匠的構成表示の、従って意匠把握のための原則において、件外分割出願に係る「額縁用枠材」は、意匠制度において特別な地位が与えられているのである。右様式第五の備考九には、棒材、線材、板材、管材等であって形状が連続するもの(所謂長尺物)を表す図面は、その連続する状態が明らかにわかる部分だけについて作成してよい旨が記載されている。これはすなわち、この種の長尺物の意匠は、端面ないし断面が意匠の本質的な部位であり、その外側の部位は長短にかかわりなく連続する状態がわかる程度に記載されておれば、当該意匠の構成が完全に把握可能であることを示しているのである。
一般に、「意匠法にいわゆる意匠は、いうまでもなく、物品の形状、模様等で視覚を通じて美感を起させるものであれば足り(同法第二条第一項参照)それが表示ないし記載された刊行物の種類性質を問うものではない(東京高等裁判所第六民事部、昭和四二年行ケ第一五八号、昭和四五年三月三一日判決)」とされて、実際上も実用新案公報、カタログ等あらゆるものから意匠法上の意匠が把握されうるものであるところ、とりわけこの種の長尺物においては、その意匠の把握が、型材の端面図一図のみによってなされ得ること(例えば、東京高等裁判所第六民事部、昭和五四年行ケ第二二五号、昭和五九年七月二六日判決における拒絶引例としての押出型材の端面図)が右に述べた事情を端的にものがたっているのである。
このように、「額縁用枠材」意匠の属する分野における通常の知識を有する者は、長尺物の断面ないし端面から当該長尺物の意匠を正確に把握することが経験的にできるものであり、かかる事実が法的次元にまで高められて、右の様式第五備考九が定められたものなのである。
しかして、件外原出願には、長尺物たる「額縁用枠材」が存在しているとともに、「額縁用枠材」の断面及び端面が表われている。原判決も、「物理的には、これを四個の枠材に分解することも不可能ではない」として、件外原出願の添付図面上に「額縁用枠材」の存在を認めているのである。それのみならず、件外原出願の添付図面には、「A-A断面図」及び「B-B端面図」に「額縁用枠材」の断面ないし端面が明らかに示されているのであって、これを「正面図」とする件外分割出願に係る「額縁用枠材」の意匠は、その連続する状態が示される部位の中、「左側面図」に対応するものが件外原出願の「左側面図」と「平面図」に整合されて表れており、同じく件外分割出願の「右側面図」が件外原出願の「A-A断面図」に、同じく「平面図」が「正面図」に、更に「底面図」が「背面図」に、それぞれ整合性を保持して表れているのである。
この点が重要なので、右に述べたことを、件外原出願の「額縁」に件外分割出願の「額縁用枠材」意匠がどのように記載されているかの観点から整理してみれば、次の通りとなる。すなわち、
イ 件外原出願の「正面図」には、四個の物品たる「額縁用枠材」の各「平面図」が、その連続する状態を明らかにして記載されており、
ロ 件外原出願の「背面図」には、前記「正面図」における四個の物品たる「額縁用枠材」の各「底面図」が、その連続する状態を明らかにして記載されており、
ハ 件外原出願の「左側面図」には、前記「正面図」における左側の物品たる「額縁用枠材」の「左側面図」が、その連続する状態を明らかにして記載されており、
ニ 件外原出願の「平面図」には、前記「正面図」における上側の物品たる「額縁用枠材」の「左側面図」が、その連続する状態を明らかにして記載されており、
ホ 件外原出願の「A-A断面図」には、前記「正面図」における左側の物品たる「額縁用枠材」の「A-A断面図」と、前記「正面図」における上側の物品たる「額縁用枠材」の「右側面図」が記載されており、
ヘ 件外原出願の「B-B端面図」には、前記「正面図」における左側の物品たる「額縁用枠材」の「正面図」と、前記「正面図」における右側の物品たる「額縁用枠材」の「背面図」が記載されており、
ト これらイないしへの各図は整合性を具備して記載されている。
右のことから、件外原出願の「額縁」には、件外分割出願における「額縁用枠材」の「正面図」、「背面図」、「左側面図」、「右側面図」、「平面図」、「底面図」及び「A-A断面図」の各図が整合性をもって記載されていることが明らかなのである。
このように、件外原出願には、件外分割出願における「額縁用枠材」につき意匠法施行規則第二条第一項様式第五により作成しなければならないとされる図面の全てが存在しており、加えて右様式第五の備考九を以てしてみれば、このことは、所謂当業者が、経験則上、件外原出願から「額縁用枠材」に係る意匠を正確に理解し、かつ、容易に実施することができる場合に該当するものであることは明らかである。
原判決は、経験則に従って事実認定を行うべきこと(民事訴訟法第一八五条)に違背し、以て件外原出願に対しての意匠法第二条第一項に規定する意匠の解釈、ひいて、意匠法第一〇条の二第一項の「二以上の意匠を包含する意匠登録出願」の解釈適用を誤ったものである。
八 裁判所における法の解釈適用は、今さら改めて申し述べるまでもなく、複数あるものの中から一定の価値判断ないし法政策上の考慮を経てその中の一つが選択されるものであるところ、既述のように、件外原出願には明らかに「額縁用枠材」意匠が存在するにも拘らず、原判決がこれを否定するのは如何なる理由によるのであろうか。
思うに、一意匠一出願主義は手続上の便宜を図ることを旨とするものであるから、この趣旨の延長上において恣意的な分割出願を制限し、以て審査の能率を害する事態を阻止せんとするところに原判決の意図が存するようである。
しかし、右の意図を貫徹することに急なあまり、意匠制度の理想と目的を見失った原判決は、原審裁判所のために誠に遺憾というほかないのである。
原判決によれば、以下のように、社会正義に反し具体的妥当性に悖ることになるのである。すなわち、
1 意匠法は、いうまでもなく、創作された意匠の保護を図ることを目的の一つとするものであって、この創作された意匠は財産的価値を有するものであるから、可能な限り尊重されるべきは勿論である。この点、意匠法において、分割は出願について査定又は審決が確定するまですることができる旨規定(意匠法第一〇条の二第二項)し、特許、実用新案に比し分割が広範に認められているのは、創作された意匠を、すなわち願書、添付図面に開示されている意匠を、可及的に保護せんとする趣旨の表れでもある。
しかして、件外分割出願を認めることは、件外原出願に開示された「額縁用枠材」意匠を保護することになって、意匠法の目的に沿うものとなり、他方、恣意的な分割出願が横行するのではないかという危惧は、特許、実用新案制度のように、分割することのできる時期を制限することにより、回避できるのである。更に、分割出願は新たな出願であって、登録要件を具備するか否かの審査を当然受けるものであることを考慮してみれば明らかなように、登録を受けるにふさわしいもののみが、すなわち第三者との適正な利害の調和を図り得たもののみが、権利化されうるものなのである。従って、原判決の意図する審査の能率確保は、分割自体を禁止して財産権の保護を脆弱化することなく、右のように分割の時期的制限を施すことにより、同一の目的を達成できるのである。
原判決は、件外分割出願を不適法として財産権を不当に制限するものである。
このような分割出願の不合理な制限は、「意匠は、すべての同盟国において保護される。」とするパリ同盟条約第五条の五の規定にも違背するものである。
2 件外原出願に係る「額縁」においては、その添付図面の「A-A断面図」及び「B-B端面図」にとりわけ端的に示される「額縁用枠材」の存在が前提となるものである。けだし完製品たる「額縁」は周知のように、半製品たる「額縁用枠材」が四個組み立てられて製作されるものだからである。従って、この「額縁」の実施には、必然的に「額縁用枠材」の実施を伴うことになる。
件外原出願は、右のような半製品たる「額縁用枠材」を唯一の構成要素とする意匠登録出願であるところ、登録第四九二四六九号意匠に類似するとして拒絶査定がなされたものである。この登録第四九二四六九号意匠は、その存続期間が既に満了しているので、上告人は件外原出願の実施をすることができることになり、従って、その唯一の構成要素たる右の「額縁用枠材」も同様に、上告人において実施可能となる筈のものである。ところが、原判決の趣旨からすれば、件外分割出願が適法でないということから出願日の遡及効が認められないこととなり、その結果、件外原出願よりも後願に係る、右の「額縁用枠材」意匠と略同一の本件意匠の存在によって、右の「額縁」なかんずく「額縁用枠材」の実施が不可能となってしまうのである。
上告人は、「額縁」を最終製品としてその製造販売を行っているので、「額縁」意匠の意匠権取得を主眼に出願し、右の「額縁用枠材」については「額縁」の半製品の故に意匠登録出願をなさなかったものである。しかるに、本件意匠は、件外原出願における「額縁」従って「額縁用枠材」の創作よりも後になされたものであるにも拘らず、上告人が別途に「額縁用枠材」の意匠登録出願をしていなかったことを奇貨として意匠権の付与がなされたのである。
(現実の問題として、本件意匠に関連して件外原出願の「額縁」及び件外分割出願の「額縁用枠材」につき上告人に対し製造販売禁止の仮処分申請(富山地方裁判所高岡支部平成元年(ヨ)第三三号)並びに同禁止及び損害賠償請求の本訴(同裁判所同支部平成元年(ワ)第六六号)が提起されている。これが許されるとしたならば、最早意匠法上の正義は無きに等しいものといわざるを得ない。)
これでは、意匠制度上、合成物並びに集合物(完製品ないし最終製品)による一意匠が多種認められているとはいえ、創作者は、これら合成物又は集合物からなる一意匠につき出願をしても、これが拒絶されることを慮って、その構成物品たる単一物品(半製品や部品)の意匠を右の出願とともに別途各々個々に出願すべきことを余儀なくされ、他方、第三者の側においては、他人の合成物又は集合物から構成される一意匠を見て、その構成物品につきもし意匠権が取得できたら好都合である、といった漁夫の利的意図を持つ出願が増加することは火を見るより明らかである。
しかして、右第三者の出願は、原判決の趣旨からすれば、意匠権を適法に取得することができるのである。いいかえると、原判決は、他人の創作に係る意匠の剽窃を是認することとなるのであり、これでは意匠の模倣ないし冒認を奨励することにほかならず、その結果、意匠法の目的を達成することは頗る困難となってしまうのである。
(この場合、創作者は先使用による通常実施権(意匠法第二九条)により保護されうるとする考え方も成り立ちうるが、これの主張立証責任を負わされることに鑑みれば極めて不合理でかつ実際的でなく、また、右第三者の意匠登録を無効とすることも常に成功するとは限らず、畢竟、創作者に過度の負担を強いることとなり、具体的妥当性に欠けることは明らかであろう。)
従って、その結果、双方の無用な出願が増大して、今まで以上に出願の滞貨を増すこととなり、ひいて、意匠制度に混乱を生ぜしめ、以て意匠制度の崩壊をもたらすことにもなりかねないのである。
これに対し、この種の分割出願が認められるものであれば、合成物並びに集合物については、そのままで権利化が図れればその実施が確保されて、半製品や部品等の構成物品毎に分割することもなくなり、また必要に応じて分割をなせば、これら各構成物品に係る意匠はこれにより保護されうるという信頼の下に、各構成物品毎の出願は可及的に不要となるであろうし、他方第三者も、右のような奇貨が生じないこととなればそのような出願はなさないであろうし、従ってこれにより無用な出願の助長が阻止されることとなり、何よりも適正な意匠制度の円滑な運用が図られうるのである。
以上を要するに、原判決は、法政策的配慮に欠けるのである。
3 今、特許出願或は実用新案登録出願の添付図面に、件外原出願の添付図面に記載された「額縁」と同じものが存するとした場合、右の特許出願或は実用新案登録出願は、「額縁」という物品に拘束される謂れは無く、しかしてこの出願には「額縁用枠材」の意匠が記載されているものと認められることが明らかであるから、当然「額縁用枠材」の意匠登録出願へ出願変更ができることとなるのは実務上周知のことである。そうすると、図面の表現方法が意匠登録出願とは顕著に異なる特許及び実用新案登録出願(特許法施行規則第二五条様式第一七、実用新案法施行規則第三条様式第四)から意匠へ出願変更する場合は、所謂客体的要件として、目的物の同一性が保たれていれば変更出願による「額縁用枠材」意匠は保護されうることとなるが、片や添付図面各図の整合性が要求され、かつ、厳格な様式を踏んでなされる意匠登録出願の場合は、原判決の趣旨からすれば、添付図面に「額縁用枠材」が記載されていても、分割による「額縁用枠材」意匠の保護が拒否されてしまうことになる。しかし、これでは、本末遠近順逆の理に全く反する不合理かつ不条理な結果となるのであって、このような結論をもたらす原判決の態度は、法解釈適用における妥当性の領域を明らかに逸脱するものというほかないのである。
4 右に述べた点に加え、意匠登録出願から特許又は実用新案登録出願へ出願変更し、更にこれから再び意匠登録出願へ出願変更することも、手続的制限(時期的制限)内であれば認められるので、例えば、件外原出願の添付図面の「A-A断面図」又は「B-B端面図」における「爪状突起」の考案性に着目して、これを実用新案登録出願へ出願変更(実用新案法第八条第二項)し、更にその添付図面中の「額縁用枠材」に着目しなおして、これにつき実用新案登録出願から意匠登録出願へ出願変更(意匠法第一三条第二項)することにより、変更出願の場面においては、「額縁用枠材」意匠がもとの意匠登録出願の日になされたものとして、出願日の遡及効がえられることは意匠法上明らかである。これは、とりもなおさず、もとの意匠登録出願(額縁)の中に、保護されうべき「額縁用枠材」意匠が存在していることを意味するのである。このように、原判決は、意匠、特許及び実用新案制度の間における論理解釈の面においても妥当性を有しないものである。
原判決は、件外原出願に「額縁用枠材」意匠が存するものと認めるべきであったにも拘らず、これを看過し、ひいて、件外分割出願は不適法とした点において意匠法第一〇条の二の規定の解釈適用を誤った違法がある。
第三 原判決には、意匠類否判断における経験則違反がある。
原判決は、取消事由(2)について、
「また、右のとおり、両意匠に係る物品が額縁用の枠材であることにかんがみれば、これは最終的には額縁として組み立てて使用されるものであるから、別紙一(1)、(2)記載の意匠を構成する六面のうち、意匠上最も重要とみなされ、したがって、枠材のままでも看者の注意を最も強く引くと考えられるのはその正面図であるというべきところ(原判決第一五丁裏第九行ないし第一六丁表第四行)」となし、その正面図が「額縁用枠材」の意匠において最も重要とみなされると判断した。
そして、原判決は、右の判断に沿って、
「原告が、両意匠を非類似とする決定的部位であると主張する山形状部の左側の傾斜面の内反り、外反りの差異の点について検討する。
別紙一(1)、(2)によれば、本件意匠においては、山形状部の左側の傾斜面が極めて僅かに外反りとされているのに対し、件外本意匠では、これが内反りとされていることが認められるが、いずれも、それほど際立った弧状をなすものではなく(この点も原告の争わないところである。)、また、右のとおり、看者の注意を最も引く面である正面図との関係でこれをみても、最も外側に位置する傾斜面における差異であるゆえ、これを正面からみるときは、その視覚上、反りの差異は目立ちにくいものであるものと認められるから(なお、別紙一(1)、(2)の使用状態を示す各参考図参照)、この点の差異は、この種物品の特徴である左右、或いは上下に連続するいわゆる長尺物の態様の中にあって、外観上特に看者の目を引きつける程度のものとまで認めることはできないというべきであり、全体として観察すれば、前記両意匠に共通する基本的及び具体的構成態様や正面形状から受ける印象を凌駕して、看者に格別の美感又は印象を与えるものともいい難いから、これをもって、両意匠の類否を左右するような構成上の差異と認めることはできない(原判決第一六丁裏第二行ないし第一七丁裏第一行)。」
「一見、審決摘示の基本的及び具体的構成態様に共通性があるようにみえても、その最も重要な正面形状の外観、印象を異にするものというべきであるから、これらの意匠の存在を根拠に、本件意匠と件外本意匠の類似性を否定することはできない(原判決第一八丁裏第五行ないし同第九行)。」
と認定した。
しかしながら、この種長尺物たる「額縁用枠材」の意匠においては、前述したように、物品の端面ないし断面が最も重要な意匠の部位を構成するものである。原判決がいうところの前記正面図は、その連続する状態が示される一部位に過ぎなく、また、最終製品は額縁であっても、その取引は長尺物でなされ、しかも枠材は額縁の組み立ての際に必要長さに切断されるものであり、しかして額縁は、縦横長さの比率が相違することにより、その正面図における意匠は顕著に異なるものであるから、これらを以て原判決のように、正面図が額縁用枠材の最も重要な部位ということは、経験則上誤りなのである。
原判決は、ここにおいても経験則に従って事実認定を行うべきこと(民事訴訟法第一八五条)に違背し、ひいて、意匠法第一〇条第一項に規定する類似意匠の解釈適用を誤ったものである。
以上の通り、原判決には、件外分割出願に係る意匠権における行政行為の公定力に関する最高裁判所の判例違反、意匠法第一〇条の二第一項及び同法第一〇条第一項の解釈適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるから、破棄されるべきである。
以上